春過ぎて夏来るらし 白妙の衣干したり 天の香具山

父の祖先は真田流忍者、母の祖先は伊賀流藤林党忍者。そんな両親をもつ早紗のブログです。 


ちょっとパリの風景


パリのレストラン 只今、準備中・・・



。+゜'゜+。+゜'゜+。+゜'゜+。。+゜'゜+。+゜'゜+。+゜'゜+。。+゜'゜+。+゜'゜+。+゜'゜+。。+゜'゜+。



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タグ : フランス パリ マレ 



箱根九頭龍神社


箱根九頭龍神社


箱根の芦ノ湖のほとりにある九頭龍神社(くずりゅうじんじゃ)です。



九頭龍神社は箱根神社の分院で、
日本屈指の九頭龍さま・龍神さまの神社。龍神信仰の聖地です。
昔むかし、芦ノ湖に住む九頭の毒龍が人々を苦しめていましたが、
萬巻上人によって調伏され、以来毒龍は龍神となって、芦ノ湖を護ってくれています。


古くから日本では、火山の噴火によって出来た湖には、
龍神さまが住んでいると言われています。


まわりに、雨男さんや雨女さんの方、いらっしゃいますか?
雨男さん、雨女さんは龍神さまに守られていると云われています。


箱根プリンスホテルの駐車場に車を停めて、
そこから20分程歩いた所に箱根・九頭龍神社あります。


九頭龍神社へは車で直接行くことができませんので、
芦ノ湖沿いにある舗装されたハイキングコースのような道をひたすら歩きます。
私が訪れたのは1月で芦ノ湖からの風が冷たかったのですが、とっても気持ちが良かったです。


九頭龍神社は箱根樹木園内にあるので、
入場料300円を支払います。


箱根九頭龍神社 箱根九頭龍神社



友人と一緒に行ったのですが、
幸運にも私たち以外に一組しかいらっしゃらなかったのでゆっくりできました。
とにかく、気持ちのいい場所だね〜なんて友人と話してて、そしたら・・・


次の日・・・
なんか身体が軽くなってました、


そして・・・・・
今まであまり“龍”のモチーフの物など見向きもしなかったのに、
九頭龍神社へ行って以来、不思議なくらい見かけるようになったのです。
今では龍の置物など見つけるとついつい、ジッーと見てしまいます。


九頭龍神社はお散歩程度に大自然の中を歩け、
とってもいい気をもらえる場所。
必ずまた九頭龍神社へ行きたいです。


箱根九頭龍神社
。*'゜'*。*゜'゜*。*'゜'*。 九頭龍神社 。*'゜'*。*゜'゜*。*'゜'*。




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タグ : 九頭龍神社 



武田忍者・熊若


熊若


熊若(くまわか)  ・・・ 武田忍者



甲斐(山梨県)の武田信玄は自分専用の忍者・三ツ者を抱え情報を得ていたが、
その他にも80人近い忍者を雇い、そのうちの優秀な忍者64人を3組にわけ、
武田二十四将といわれた甘利備前守虎泰、飯富兵部少輔虎昌、
板垣駿河守信方に20人ずつを預け、情報収集にあたらせた。


武田二十四将









武田二十四将











甘利備前守虎泰





甘利備前守虎泰









飯富兵部少輔虎昌





飯富兵部少輔虎昌









板垣駿河守信方





板垣駿河守信方








飯富虎昌に仕えた忍者に、熊若という足の速い若者がいた。


永禄四年(1561年)、
第4次川中島の戦いがあった年の4月、飯富兵部少輔虎昌が武田信玄に従い、
上杉謙信方の城、信濃割ヶ岳城(長野県信濃町)を攻撃した時のことだ。
軍議により攻撃が明日の早朝で、しかも虎昌が攻撃の二陣をつとめる大事な戦いの時、
虎昌は肝心な部隊の隊旗を甲府(山梨県甲府市)に忘れてきたことに気付いた。
虎昌が困り果てていると、熊若が取りに行って来ると申し出た。


割ヶ岳から甲府まで片道32里、往復だと64里(約256キロメートル)の道程だ。
忍者は一夜で、30里(約120キロメートル)走ったという。
ちなみに男の旅人は、1日に約9里(約36キロメートル)は歩いた。
女子供でも、7、8里(約28〜32キロメートル)は歩きとおした。
往復256キロメートルは並の者では不可能だ。
しかし、熊若は、この難仕事を簡単にやってのけた。
そればかりか、手形を持たなかったため城には入れず、
壁を伝い塀を越えて城内に入り飯富の隊旗を持ち帰ったという。


この速足が疑われたこともあった。
熊若が19歳の時、今川氏真から借りていた、
武田信玄の『古今和歌集』が盗まれる事件があり、疑いが熊若にかかった。
だが、熊若は箕輪城(群馬県高崎市)の長野業政(なりまさ)に仕える
犯人の風魔忍者を捕まえ、無実を証明したという。



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パリ・奇跡のメダル教会 - メダルをありがとう・・・


奇跡のメダル教会  Chapelle Notre-Dame de la Médaille Miraculeuse


奇跡のメダル教会
Chapelle Notre-Dame de la Médaille Miraculeuse


140 rue du Bac 75007 Paris
tel : 01 49 54 78 88
メトロ : 10番線又は12番線 Sèvres-Babylone



◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇ 奇跡のメダル教会とは ◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇


1830年7月18日から19日にかけての夜、
聖母は当時、聖ヴィンセンシオ・ア・パウロの愛徳姉妹会の
修練女、カタリナ・ラブレの前にお現れました。
夜半の11時半、カタリナは、3度続けて自分の名を呼ぶ声に目を覚ましました。
声のする方を見ると、一人の幼い子どもが立っていました。
白い衣をまとい、金髪で全身から光を発し、周囲を照らしていました。
子どもは、「いらっしゃい、聖堂にいらっしゃい。聖母マリアが待っていらっしゃいます。」と言いました。


カタリナは他の姉妹達が目を覚まさないかと内心考えましたが、
子どもはそれに答えるように、
「恐れることはありません。今は皆眠っています。さあ、一緒にまいりましょう。」と言い、
カタリナは急いで用意し、子どもの後について行きました。
驚いたことにいたるところに灯が輝いていました。


さらに驚いたことには、聖堂の扉は子どもが軽く指で触れるだけで開きました。
聖堂内も明るく、カタリナの言葉を借りて言えば、
夜半のミサを思わせる程だったといいます。
カタリナは祭壇近くまで進み、ひざまづいて祈りました。
しばらくすると子どもは告げました。
「聖母マリアがおいでになりました。あそこに」と。
その時、祭壇の右手の方に衣づれのような軽い音がはっきり聞こえ、
非常に美しい婦人が祭壇の前においでになり、椅子に腰かけられました。
カタリナはその方の足元に進み、膝の上に両手を合わせてのせました。


「一生涯でこれほど甘美な気持ちを味わったことはありません。
どのくらいそばにいたかはわかりませんが、ただ知っていることは、
ずいぶん長い間お話をなさってから影のように見えなくなったことです。
子どもはもとのところに居て『聖母はもうお帰りになりました』と言い、
また案内されて寝室に戻りました。
この子どもは自分の守護天使であったに違いありません。
ベッドに戻ると時計が午前2時を打つのを聞きました。
それから私は少しも眠ることができませんでした」
とカタリナは言っています。


その夜、聖母はいくつかの事についてお告げになりましたが、
特に、聖ひつの方を指さして「この祭壇のもとにいらっしゃい。
ここで多くの恵みが与えられます」とおっしゃいました。


11月27日の夕方の黙想の間に、
カタリナは再び聖母のご出現を受けました。
同じ聖堂で地球の上に立った姿の聖母は、
それより小さい地球を胸の高さに両手で持って祈りつつ、
それを主にお捧げになっているように見えました。
やがて、聖母が両手を広げて降ろされると、
その御手から輝く光線が放たれ、聖母はカタリナに、
「これは私に願う人々にそそがれる恵みのしるしです」とおっしゃいました。
これは有力な恵みの取り次ぎ者であるマリアのお姿です。
そして聖母の周囲に楕円形のしるしが示され、
「無限罪の聖マリア、あなたにより頼むわたし達のために祈ってください」
という祈りがまわりに見えました。
それは、メダルの表に見られるお姿でした。
聖母は、
「このモデルにしたがって、一つのメダルを作らせなさい。
信頼をもってそれを身につける人は大きな恵みを受けるでしょう。」
とおっしゃいました。
急にメダルが裏返ったかのように見えると、
下部に横木のついた十字架をのせたMという字が見えました。
また、Mの下に二つの心臓が見え、ひとつは茨に囲まれたイエスの御心、
もうひとつは剣で貫かれたマリアの御心が見えました。


ご出現が2年目にパリ大司教の認可のもとにつくられたメダルは、
世界中に驚くべき勢いで伝わり、数知れぬ恵み、
特に回心の恵みのもととなり、人々は「ふしぎのメダル」よ呼ぶようになりました。


※上記説明は全てサンヴァンサン・ド・ポール愛徳修道女会礼拝堂教会が提供しているものです。


◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆



奇跡のメダル教会  Chapelle Notre-Dame de la Médaille Miraculeuse





ボン・マルシェの
裏にある門をくぐると・・・










奇跡のメダル教会  Chapelle Notre-Dame de la Médaille Miraculeuse





手前右側の部屋でメダルを
購入でき、奥の薄暗い所が
聖堂入り口です










奇跡のメダル教会  Chapelle Notre-Dame de la Médaille Miraculeus





祭壇です









確か、パリに住んで初めて奇跡のメダル教会へ行ったのは、
書店でよく売られている“フランス観光案内”みたいのを
現地の書店で読んだのがきっかけでした。


それまでフランスには何回か観光で訪れていましたが全く知りませんでした。
そのような建物といえばノートルダム寺院くらいで・・・.。


本を読み終えて、パリで知り合いになったインド人のシスターが、
確か“奇跡のメダル教会”にいると言ってたのを思い出し、翌日行くことに決めました。


とにかく小さな教会なのに市民がいっぱいお祈りをしに来ているのに驚き、
とっても心が落ち着く所だなと私は感じました。
その日は知り合いのシスターはいませんでしたが、
その日以降に訪れる時は毎回いたのでお互い挨拶をしていました。


奇跡のメダル教会に何度も訪れてていたにも関わらず、
肝心なメダルは買わなかったのですが、
ある日、日本にいる大切な人が大怪我により手術することになったため
私は二週間程、一時帰国することとなり、帰国前に奇跡のメダルを
教会で買ってあげようと思い教会へ向かいました。
私はマリア様に手術が無事におえますようにとお祈りするため
その大切な人の写真を持ち門をくぐったら、知り合いではないシスターと目が合い
私の所にニコッと笑いすぐに近寄ってきてくれました。
私は一言も喋っていなかったのですが、私の顔を見てきっとシスターが何かを感じたのでしょう。
私は“こんにちは”という挨拶の後に、
「今日は私の故郷にいるとても大切な人が手術をするためやって来ました」と
写真を見せながら言いました。
そしたらシスターは写真を見せて下さい、と手に写真を取りお祈りを捧げてくれました。
そして、シスターはちょっと待っててと私に言い残し、建物に入っていき、すぐに戻ってきて、
私に金色のメダルを差し出してくれました。
私は、「いえいえ、これは買わないといけません」と言ったら私の手の中にギュッとしまいこみ、
「いいの、これは私からです」とおっしゃってくれ、私はありがたく頂きました。
本当に嬉しかった。


そして、写真とシスターから頂いたメダルを手に持ち教会内の椅子に座って、
静かにお祈りとともにシスターとマリア様に感謝し、教会を後にしました。
一時帰国後、大切な人にメダルをあげたら、これ欲しかったの!と言われとてもビックリし、
シスターがくれたんだよって教えてあげました。


奇跡のメダル教会へ私が行き、シスターからメダルを頂き、
前から欲しかったという大切な人に私が手渡した。


フランス〜日本とっても遠い場所ですけど一つの物語が始まっていたんですね。
シスター・私・大切な人、そしてマリア様が一つのちっちゃなメダルつながりました。
メダルが愛の輪を今もこれからもずっとつないでくれています。
すべてに感謝。ありがとう。


奇跡のメダル

奇跡のメダル教会 (Chapelle Notre Dame de la Médaille Miraculeuse)



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タグ : 奇跡のメダル教会 



ジュリーク (Jurlique)で・・・


ジュリーク Jurlique


今日は仕事の帰りにのジュリーク (Jurlique)でバスジェルを買いました。


ジュリークには様々な化粧品やシャンプー、トリートメントなどがあり、
ついついいろいろと買ってしまいます。今回買ったのは、ローズのバスジェルです。


ジュリークのものは化学物質や保存料が一切含まれていなく、すべてナチュラルな
ものから作られています。ジュリークのハンドクリームを毎日使うのですが、
全くベタつかず、香りもとても良いため私は愛用しています。


乾燥が激しい日にはリップクリームも使うのですが、これもナチュラルなので
ベタつきがありません。 ジュリークの製品は無農薬はもちろん、植物を栽培する
土づくりからちゃんとしていて、周辺に工場が立てられていなく、環境汚染の無い
場所を選んでいるそうです。


ジュリークのものはとにかく香りが大好きなので、
顔や身体を洗う時間に“香り”という幸せを与えてくれます (*^o^*)



◇◆◆◆◇   ジュリーク (Jurlique) についてちょっとまとめてみました  ◇◆◆◆◇


科学者であるユルゲン・クラインと園芸家である妻のウルリケによって1985年に創設され。
世界最高レベルの自然化粧品をつくるために、汚染のないピュアな大地を求めて、
ドイツから南オーストラリアのアデレードへ移り住み自分達の農園をスタートさせ、
現在では、南オーストラリア・アデレードヒルのNgeringaとMylorの2ヶ所に、
18万坪を超える規模の農園があります。


クライン夫妻はその農園で、ジュリークのスキンケアの原料となるハーブや花々を育て、
“究極の有機農法”といわれる自然農法・バイオダイナミック無農薬有機農法
提唱者であるドイツ人哲学者ルドルフ・シュタイナーに共鳴し、
化学薬品・殺虫剤・除草剤を一切使わずに自然界の営みによってのみ育てられた、
生命力あふれる植物を使ったスキンケアの開発に取り組みました。


また、ジュリークは、必要なものは全て自然素材からつくりだすという考えから
地球への負担をできる限り小さくするために、製品パッケージは、
その80%がリサイクル原料から作られていて、残りの20%は、
森林管理が適正に行われているかどうかを審議・認証する機関である
FSC認証を受けた持続可能な植物を原料としています。
さらに、パッケージの印刷には野菜の油分をベースにしたインクを使用し、
仕上げの加工にも無害でリサイクル可能な素材を使用しています。


◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇



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タグ : ジュリーク 



フランスにある天使のお店 - La Boutique des Anges


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La Boutique des Anges


La Boutique des Anges

2 rue Yvonne-Le-Tac
18th district
Tel: (33) 1 42 57 74 38
Fax: (33) 1 42 57 11 72


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フランス・パリのモンマルトルにある
La Boutique des Anges(ラ・ブティク・デ・ザンジュ)”という天使グッズのお店。


モンマルトルはパリの北にあり、映画『アメリ』の舞台にもなりました。
モンマルトルの丘の上にサクレクール寺院があり、
私がパリに住み始めて、まだ家に電話や携帯電話が無かった頃、
わざわざアパルトマンからメトロを乗り継いで、
サクレクール寺院の前にある公衆電話を目指し、
そこから日本へ電話をしていました。
サクレクール寺院から日本の方角が見渡せたからです。
私の中では、あの丘はパリの中で日本に一番近い場所で、特別でした。
ちなみに、サクレクールとは”聖なる心”という意味です。

サクレクール寺院

サクレクール寺院

▲サクレクール寺院


モンマルトル モンマルトル

▲モンマルトルの階段
昼は観光客ばかりですが夜はひっそりとしてとても素敵な場所


モンマルトル  サクレクール寺院

▲晴れの日のモンマルトルからの眺め


モンマルトル  サクレクール寺院

▲雨の日のモンマルトルからの眺め



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そのサクレクールの丘を少し下った所にお店はあり、
お店の中には天使の小物、ノート、絵、書籍など様々な物が所ぜましと並んでいます。


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La Boutique des Anges


La Boutique des Anges

▲紙を挟んで丸い所をポチッと押すと、
エンジェル型に切り取られる。


La Boutique des Anges

▲よくお店に行ってたんですけど、そのお店で、毎回買っていたのが
天使の描かれたラメ付きシール。(シールといっても自分で裏に糊をつけていました)
日本へ手紙を送る時は私が送った物だと受取人がわかるように。。そして、心を込めて
書いた手紙が無事にフランス〜日本へ届きますように。。そういう願いで貼っていました。


La Boutique des Anges

▲そこで買った本で、世界中の天使の絵画・彫刻についてフランス語、英語、
ドイツ語で書かれています。へぇ〜、こんな天使の絵もあるのね〜って感じで癒しの本です。


La Boutique des Anges
La Boutique des Anges
La Boutique des Anges


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都会の中で息がつまったとき・・・

愛のエネルギー


都会の中で息がつまったとき・・・


地下鉄などのなが〜い通路で、
自分を後ろで守ってくれている人や動物が
背後から翼を大きく広げていてくれているのを想像します。


何かあたたかいものや気配、安心感を感じたら、
その翼が通路の両壁いっぱいまで広がり、、
ゆっくりと羽ばたきはじめるのを想像して下さい。


徐々に、その翼は大きく大きく羽ばたき始め、
一瞬のうちに歩いている全ての人を追い抜き、
通路のいちばん向こうまで駆け抜けた時には、
あなたは完全に守られています。


翼がずっと先まで駆け抜けたということは
あなたをそこまで安全に導いてくれるということ。


あなたをいつも守ってくれている翼が
その空間全てに満たされているのだと感じられます。


その空間はあなたのものになり、
あなたのエネルギーで溢れています。


ただそれだけですけど、
自分が光に守られ、意識が高くなれるはずです。




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元旦にUFO


UFOのここ最近の目撃は元旦の夜である。


私は高校を卒業して以来、
よく出没し頻繁に見れた実家を離れて暮らしているため、
めっきり見ることがなくなっていました。


現在は、東京に住んでおりますが、、
残念ながら都内では一度も見ておりません。
実は飛行していても街の光が邪魔をしてたり、
ビルで視界が遮られているからだと思います。


ところが、
年末年始の帰省中に、
数年振りにUFOを目撃することができました。
2008年1月1日〜2日にかけてです。


その日は、友人と外出していて23時頃、
帰宅したのですが、家の近くまで車を運転して来た時に、
何か光がぼやけてるいる物体が飛行しているのを見ました。
急いで家に帰り部屋から見たら私の経験からみてUFOでした。


あの形は初めてです。
1つの光が急に2つになり、
分裂した一つの光はじりじりと動きまわっていたのです。
2つの光は曲線の光で結ばれているように見え、
しばらくするとまた1つの光に戻るといった繰り返しで、
まるで蛇のような印象を受けました。
空をニョロニョロと動き回るような。。。
そして、最後はパッと消えてしまいました。


どこか違う場所に移動したかと思い空を見回したのですが、
あるのはさっきからずっと輝いていた星だけでした。


今まで見たなかでも、少し遠くを飛んでいたのが残念でしたが、
私が元旦に見れたことはとても良い印だと思っています。




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タグ : UFO 



嗅覚で感じる“気”のニオイ


桜

今日は友人たちとお花見に行ってきました。



幼い頃より私は、自分の嗅覚が他人と同様、基準であると思って生きてきました。


しかし、大人になり、それが違う事がわかったのです。
普通の人より嗅覚が良いのだ。
幼い頃から人にいろいろな場面で、 
− ○○のニオイがしない? − と尋ねても
みんな口を揃えて、− そんなニオイはしない − と言うのだ。


大人になっても同じでした。
自分が感じるニオイは他人には全くしないと言うのだ。
毎回、そんな、ニオイはしないよ! と言われる度に、
この人は鼻がつまっているんだろうな、と思っていた。
周りには感じないとしても、自分にはニオイが感じるのが
事実であるのだから、子供ながらに、相手に対して、
− どうしてこのニオイを感じないの? −
− ほら、○○のニオイがするじゃん! −
− ねぇ、本当にわからないの?? − 
と質問したこともあった。 


しかし、大人になり、
みんなの鼻がつまっているのではなく、
自分は他人より嗅覚が良いのだとわかりました。
嗅覚を第一とする友人のアロマセラピストでも感じないニオイが自分にはするのだ。
彼女は自分でも鼻には敏感です! と言うくらいニオイにうるさいのであるが、
そんなプロでも自分がある場面で − ○○のニオイがしない? − と質問しても
な〜んにも感じないと答えるのでした。
それ以来、自分の嗅覚は良いのだとハッキリわかりました。


人より何倍も嗅覚が良いため、例を上げると、
都内の地下鉄の路線によりニオイが違う事がわかる。
また、外国の都市の地下鉄も国によって違うのです。
こもったニオイと言う表現ではどこも同じですけど、
それぞれ、こもったニオイでもどこかに刺激があったり、酸味のあるニオイなど様々です。
地下鉄に限らずそれぞれの国にニオイがあり、ニオイ自体が思い出となります。
その国を再び訪れると、そうそうこのニオイ! 
−と以前来た時の記憶をニオイと共に思い出すのです。


運気の悪い場所も嗅覚で自然に判断するようになりました。
私の場合、視覚や聴覚などよりも特に嗅覚が私自身に教えてくれ、
このニオイは自分にとって不快なニオイだ!
そして自分にここを立ち去った方がよいでしょう! −と知らせてくれる。
気の悪い場所は通常のニオイと何かが混じる。
その何かを言葉で表現したいのだが、なかなか出てこない。
どんよりしているニオイと言えばよいのか、もわ〜んとしたニオイを感じるのだ。
ただ、わかるのは自分が好きなニオイではなく、そのニオイに重みを感じるのです。
もちろん嗅覚で感じる以前にここはまずい! −と感じる場所もあるのですけれども。
逆に、良い気の場所は言うまでもなく心地良いニオイである。


人間も同じで自分の中に何かをためこんだりしているネガティブな人もニオイがします。
例えば、すぐに感情を表に出し怒る人、イライラしてる人はニオイを発している。
ネガティブな人がいくら香水をつけていても私には香水の奥にニオイを感じるのです。
もちろん香水の量が鼻がおかしくなるくらい極端であったら、
香水に消されてその奥に感じるニオイは全くわかりません。
気の悪い場所と同じく、そのような人のニオイは自分にとって不快なニオイです。
要するに私の場合、いろんな気を単に嗅覚で感じるということです。


ケミカルな人工的な物のニオイや、地や人から発せられる
ネガティブなエネルギーのニオイを嗅ぐと頭痛と吐き気に見舞われます。
一番良いのは、もちろん息をとめれば良いことですが、
その空間にいて、その人と接しなければいけない状況もありますから、
その時は我慢しなければなりません。


ニオイを気にせず、取り入れてしまった瞬間にそれをすぐに除くこともまだできておりません。
悪い気(私にとってはニオイ)をもらってしまった場合はその空間を離れ、
ニュートラルな状態になったら悪い気を自身で祓うのですが、
もっと効果のあるものを勉強中でございます。


生まれた時から嗅覚がよかったのか覚えておりません。
ただ、幼い頃から犬のように臭いものが好きでした。
今でも心地よいニオイの物からくさい物まで全てを、まずは嗅いで確かめる習慣があります。
幼い頃、母親にはよく − 嗅ぐんじゃない!! −と叱られていました。


誤解しないで頂きたいのは、
全ての人が、くさい=ネガティブな人というわけではございません。


今日は私の嗅覚のお話でした。
これから過ごす中で、鼻で何かを感じた日がありましたら、
それについてもっと詳しく書いていこうと思っております☆




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西ドイツ製のクリスタルガラス


クリスタルガラス



これは、1960年代に製造された西ドイツ製のクリスタルガラスです。


茨城にあるアンティークのお店で未使用の状態で見つけました。
少し染みのあるちっちゃなシールに“Made in west germany”  ・・・歴史を感じます。


クリスタルガラス



表面が波状になっているため光が差し込むと屈折し、とっても綺麗です。
卵の殻のように半分にパカッと割れ、
合わさるところも波状になっててなかなかデザインがこっています。


クリスタルガラス フランス アンティーク



これよりも一回り小さいのも置いてあったのでそれも買ってしまいました。


クリスタルガラス





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レホルム製品 − スギナ濃縮エキス


レホルム製品  スギナ濃縮エキス


先日、ドイツ・レホルム製品であるシェーネンベルガー社のスギナ濃縮エキスを購入しました☆


レホルム製品とは、
(財)ドイツ・ノイホルム協会の厳格な品質基準を満たし審査に合格した、
高品質で安心・安全な健康食品・自然食品・自然派化粧品などのことです。


現在、品質基準を満たし、レホルム製品の製造が
認められているメーカーは75社だけだそう。


まず原料は、遺伝子組み替え原料を使用せず有機栽培が原則です。ノイホルム研究所による
品質管理が徹底されていて、残留農薬はドイツの法定基準を遥かに下回らなけれないけなく、
また、動物実験は禁止されています。


他に何種類ものシェーネンベルガー社の濃縮エキスがあったんですけど、
私は、骨や血管の結合組織を強化し、口内炎にも効くということで
スギナ濃縮エキスを選びました。


もちろん保存料等は含まれていないので、
開封後、2週間程で飲まなくてはならないそうです。


味は・・・、言いませーーーん (-。−;)
でも、身体にいい味。


ノイホルム・マーク
レホルム製品には、「ノイホルム・マーク」


オーガニック  マーク
国家認定の有機(オーガニック)認証マーク



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忍法・浮足


下柘植木猿  下柘植小猿


下柘植木猿・小猿(しもつげのきざる・こざる) ・・・ 伊賀流下忍



忍術の秘伝書『万川集海(ばんせんしゅうかい)』に載る、11人の忍び上手のうちの2人。
伊勢阿山群下柘植郡(三重県伊賀市下柘植)に住んでいた。
忍術使いの格好からすると下忍というが、忍術の技術では、
実力的に中忍(中忍とは何人かの下忍を率いる小頭)より
下忍のほうが上手であった忍者もいたという。


木猿は木申とも書く。
また、木猿は太郎、小猿は八郎と称した。
小猿は子猿ともいった。


この2人、親子なのか兄弟なのか、同郷に住む他人なのかはわからない。
おそらく同郷の者で忍術がうまく、体の大きい方を木猿と呼び、
体の小さい方を小猿と呼んだのであろう。


猿という名前の通り身が軽く、葉の茂る樹木に登り身を隠す術を得意とし、
葉を全く揺るがさずに、枝から枝へ移動する術をつかっていたという。
足掛かりのない大木に登る場合、忍び刀を大木に立てかけ、
四角な鍔(つば)に足の指をかけて飛び上がり、
枝に取り付いたところで下げ緒を引き上げ刀を取り戻すのが忍者の常である。


『万川集海』の「利便地十二ヶ条」で小猿は伊勢の田(丹)倉城(三重県)に忍び込んだ時、
城への水通しの桶の中を這って城内に潜入し、放火して落城させたという。
普段、小猿は 猿楽師(猿回し)」として活動しており、その猿を他の家に進入させて、
家の木戸を中から開けさせたりしていたという。


同書の「見敵術四ヶ条」で、木猿は屋敷の中で敵将の居場所がわからず、
犬がうるさく吠える真似をして敵将を怒らせ、野良犬を追い払おうとする敵将の大声で
居場所を確かめ、その部屋に忍び込んで敵将を討ち取ったという。


下柘植 子猿・木猿は猿飛佐助のモデルで、
『水戸黄門』に出ていた「柘植の飛猿」もそうだという。





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パリの古着屋さん


ゲリソル(Guerrisol)


GUERRISOL

17, Boulevard de Rochechouart
75009 Paris


よく行っていた古着さんの1つがゲリソル(Guerrisol)である。
パリの古着屋の中でも激安のお店だ。
1980年以降、パリ各地に点在するようになったという。
その中でもよく行っていたのはPlace de Clichyのところにあるお店でした。


仕入れ翌日には、バイヤーがこぞっとやって来る。
私がよく行っていた時は、ラコステのシャツが充実していました。


古着屋さんといっても、ここゲリソルは、
日本の古着屋さんを想像してはいけない。
お店というか倉庫のような感じです。
すべてが無造作に積まれていて、お宝を
掘り出すには少々根気が必要です。


古着屋が嫌いな方は多分行かれない方がよろしいかと思います。
ここは古着屋独特のあの臭い+な〜んか変な臭いのする所なのです。
店員さんはといいますと、
『あれ、いくらですか?』−と尋ねると−
うぅ〜ん・・って少し間をあけてから『○ユーロ!』なんて
答えてるから少し信じられないです。
その、うぅ〜ん・・・て考えてる時間、
店員さんは服を見てるんじゃなくて私の顔を見てるんです。
顔を見て『はい、○ユーロ!』というのはちょっと困りました。


それと、服を試着すると、ポケットになにか入っています。
いつ嗅いだのかわからないティッシュ・・・、ついでにメモ書きなども。


時間をかけて掘り出すのが苦では無く、むしろ好きという方にはもってこいです。
おそらく半日はいれるでしょう。たくさんありすぎて・・・。


自分が毎回ゲリソルへ行く理由はお宝を発掘するためです。
そして苦労の甲斐あってついに見つけました。
アディダスのMade in Franceの靴。しかも破格の5ユーロで。


パリの古着屋



この靴、
都内の古着屋さんだと、だいたい24500円くらいが相場でしょう。
ゲリソルで服は一切買ったことがないが、
靴の他にベルトなども見つけたことがある。


パリの古着屋



お店に置いてある品物の量は半端ないが、基本はやはり外人サイズなので、
いかに状態がよく、自分にフィットするものを見つけれるかが大切だ。


ゲリソルに限らす自分にとって古着屋さんや蚤の市でつかえる嬉しいモノ。
− それは − ネゴシエ(交渉)だ!
ある日、ゲリソルで自分好みのスニーカーを2足見つけた。
日本でも手に入るものだが値段の安さにビックリし、買おうと考えたが、
1足5ユーロなので2足で10ユーロ。
でも、お財布の中には6ユーロのみ・・・。


私は、その2足を試しに履いて鏡の前で、ちゃんと自分に合うか見ていた。
店員は、『さぁ〜買うのかぁ〜買わないのかぁ〜』そんな目でチラチラ見る。
でも、手持ちはいくら数えても6ユーロ・・・・・・。


よし! ネゴシエで!!
店員さんに念のため一応聞く、
『これ2足でいくらですか?』
『10ユーロだよ』
『これ6ユーロにまけてくれませんか?』
『そりゃ、無理だよ〜』


でもここからが自分の本当のネゴシエである。
『そうですか、ありがとうございます、じゃ、帰ります』
そうあっさりと言い、お店の出口に向かって振り向き歩きはじめたら、
店員さんが慌てて、
『マダ〜ム、ちょいとお待ち〜!、わかったわかった、
6ユーロでいいよー!でも、本当は10ユーロだからね!』
ネゴシエ成功である。任務完了。


もちろん日本ではできないことだが、
その時はもう自然と身についていたのだ。
フランスでは、言うべきことを相手に言わなければ、状況は変わらないのである。


自分が、パリで最も好きな古着屋さんは他にあるのですが、
そのお店に行き始めた頃は全くネゴシエがきかなかったです。
しかし、次第に常連となり、オーナーと仲良くなると何も言わなくても
毎回、支払い時にまけてくれるようになっていた。
しかも、徐々に割引率も高くなっていった。


そこの古着屋さんはクレジットカードも使えたが、
クレジットカードだとあまり値引きはしてくれない。
やはり現金です。
友人を連れて行った時も自分の友達だと告げると、
値引きしてくれ、なんとも優しいオーナーだ。


基本的に、
私の場合、パリの古着屋さんや蚤の市では、
その日初めて行っても自然に店員さんと仲良くなってしまい、
せっかく来たんだからという感じでネゴシエなしに値引きしてくれるのだ。


どうぞ、まずは古着屋さんでネゴシエ上手になってください☆





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