春過ぎて夏来るらし 白妙の衣干したり 天の香具山

父の祖先は真田流忍者、母の祖先は伊賀流藤林党忍者。そんな両親をもつ早紗のブログです。 


奇跡の癒やし


ルルドの泉


ルルドのライヴ映像(6分おき・15分おきの最新映像)が見れます。


フランスでは、ルルドの泉奇跡のメダル教会が有名であるが、
ベルギーのヘントから5キロメートル、
シュローテンドリーシュ公園の中央部に位置する
オオシュタッカー聖堂は風変わりである。


1870年、
シュローテンドリーシュ城館の所有者だった
クールトブルヌ侯爵夫人なる人が、人口の洞窟を作ることに決めた。
庭園内にその場所を決め、工事が始まった。オオシュタッカーの主任司祭、
モレルス師が、ルルドの洞窟の絵を公爵夫人に見せたということがあり、
夫人は、作り岩のセメントの塊の中にひとつの凹所を作っておき、
そこにルルドのそれを模した≪無原罪のお宿り≫の像を安置することを思いついた。


1871年、
すべての工事が完了した。


3年後、
村の何人かの農夫が聖母のもとへ祈りに来るという出来事があり、
その結果、理由はわからないのだが、何千人という人々がここを訪れ、
いくつもの奇跡が続々と起こった。


記録されている最初の奇跡は、1874年2月12日、
ロークリスティという町に住む、10歳の少女、マチルデ・ウェルキンペに起こった。


彼女は足が悪くて、松葉杖なしで歩けなかった。
ヘントの病院の全部の医師が、彼女は治るはずがないと宣告を下していた。


母親は、洞窟へ娘の治癒を祈りに行き、
そこで配られているルルドのお水を持ち帰って、
9日間の祈りが果てるとき、少女は、瞬間的に癒され、
聖母のもとへ、歩いて感謝をささげにいくことができた。


奇跡は、相次いだ。通常、洞窟の周囲を3度まわる。
水槽から落ちる泉の水を、自分の体に擦りこむ。
水の中には、毎朝、ルルドの源泉が数滴注ぎ入れられる。
ありとあらゆる種類の疾病(たとえば、股関節痛や失明など)が、
この水に触れるとただちに消失した。


1875年5月、
巡礼者たちの要望にこたえて、ゴチック様式の、
袖廊なし、2つの鐘楼付きの教会が建てられた。
巡礼団への奉仕は、ベルギー地区のイエズス会の神父たちにゆだねられ、
オオシュタッカーは、フランドルの有名地となった。


ルルドと同様に、何千本もの蝋燭が燃え、
洞窟の上の木立ちの間に感謝奉納板のいくつもの山ができた。


次回は、もっと詳しく、この地で、前代未聞の、
いまだかつて観察されたことのない癒しが果たされたお話をします。




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