春過ぎて夏来るらし 白妙の衣干したり 天の香具山

父の祖先は真田流忍者、母の祖先は伊賀流藤林党忍者。そんな両親をもつ早紗のブログです。 


パリのスーパーはおもしろい・・ かな?


パリのスーパー モノプリ


パリのスーパーでの出来事。


パリで私が普段利用していたスーパーにはセキュリティーのため
黒スーツをビシッときめ、がたいのいいおっちゃんが毎日いました。


片方の耳にはイヤホンをつけている。
少しでも怪しい人には構わず、カバン見せろと言い、チェックしてるのをよく見かけた。


その日は、日本から友人が遊びに来てて、一緒にこのスーパーに買い物しに来たのだ。
友人はいろいろな物を珍しそうに、“へぇ〜、こんなかわいい物がフランスの
スーパーにはあるんだ〜” って感じで店内をキョロキョロしていた。


自分は、必要な物を買わなくてはいけなかったので別々に行動していたのだが、
しばらくして、友人が自分に走り寄ってきたではないか!
どうした友人!?
「なんか変な人がずっと見てくる・・・・・」


どれどれ、、、
私は友人と共に友人のいう変な人やらを恐る恐る見に行ったのである。
おぉー、・・・・・
恐いくらい、見事に見てるではないか友人よ。
何か自分たちに恨みがあるのかってくらい。


ピアスにアフロ、これは久々に身の危険を感じた。
とりあえずジロジロしないで、彼には気にせず買い物を続けようと決めた。


でも!まだ見てる。。
彼は手に商品を持ってラベルか何かを見てる振りをしてるが、どうみても視線の矛先は
自分たち。。場所を変えてもすぐに彼が登場するため、会計を済ませて、スーパーを
出ることに決めました。


ヤレヤレ、そんな気持ちでレジで支払いをしていたら、
おぉー!! 
彼が買い物カゴを持って堂々とお店を出ようとしてるじゃーーーん!

よし、セキュリティーのおっちゃんの出番だヨ。


友人よ、見といてくれ、
はるばるジパングからやって来て、
パリのスーパーであんなに堂々とした万引き犯が捕まる瞬間をっー!!


・・って見てたら、

ぬぬ?? 

なんか様子が違うじゃん。


セキュリティーのおっちゃんと握手をしている。 友達同士?
いやぁー違うぞ、トランシーバーを持ってるじゃんか。


か‥、彼、なんと万引きGメンだったの。
日本のテレビでよく観るおばちゃん万引きGメンの印象が強すぎて、
あんなに若くてがらの悪い人がそうだなんて誰が想像できるだろう。


でも、友人よ、
改めてよ〜く見といて欲しい。GメンとしてはCIAも顔負け。
しかーーーし、セキリュティーのおっちゃんとトランシーバーを持ちながら
仲良く話をしてて、それからまた仕事に戻る姿を。


今から入るお客さん、出ていくお客さんに、
私はピアスをつけ、アフロヘアーのとっても怪しい人ですけど、
実はこうみえても、ボク万引きあGメンなんです、と入り口で公表してるではないかよ!


友人の帰国後も、このスーパーに当分いたが、その後は見ていない。


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タグ : パリのスーパー 



UFOの貴重な 映像 (2000年・ニューヨーク上空)


2000年・アメリカのニューヨーク上空で撮影された映像です。
UFOがヘリコプターに大接近します。


地上から上空を飛ぶUFOの映像・写真等は多くありますが、
空中でこんなに間近で撮影されたものは珍しく、とても貴重なものだと思います。


この映像で、最後にUFOは上空に勢いよく去りますが、
私も地上からですが、UFOが一気に上空へ飛んでいくのを見たことがあります。


深夜に蛇行して動く光を見ていたら、
徐々にスピードを上げて雲よりもっと上空へ飛びたっていきました。
速すぎてその時、自分が何を見たのか全く理解できなかったのを覚えています。




▽ ▼ 写真をクリックすると映像が見れます ▼ ▽






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播肥 言葉 2


他人の短所は誰にも分かるが

長所は心が素直でないと分からない





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中東の“占い師”が行うコーヒー占い


コーヒー占い



  〜  コーヒー占い  〜  



現在の自分自身の問題や何か知りたいことを考えながら、コーヒーを飲みます。
飲み終えたら、カップの底にほんの少し液を残し、自分の知りたいことに対して、
“教えてください”とか“サポートしてください”と心の中で唱えながら、
カップを時計方向に3回まわします。
そしてカップの中をのぞいてください。
最初に見えるのは単なるコーヒーのすじですが、
心をオープンにして、よく見てみると、
何か模様や形が見えてくるでしょう。


・・・・・・・・あなたへの祝福。

・・・・・・・・先に旅行や冒険が待っている。

・・・・・・・・いい方向への変化。

・・・・・・・・慎重に行動するようにという注意。

ラクダ・・・・・心配や重荷に進路を妨げられている。

・・・・・・・・あなたは強くて気高い人物。

・・・・・・・・情熱、または強い欲望。

・・・・・・・・幸福。

はさみ・・・・・不誠実な友達。

・・・・・・・・自分の夢を追うべし。

・・・・・・・・愛とロマンス。

妖怪・・・・・・ストレスをかかえている。

・・・・・・・・上向きなら『はい』、横向きなら『たぶん』、下向きなら『いいえ』。

・・・・・・・・人に利用されている。

・・・・・・・・前途に大きな変化が待っている。

ネックレス・・年配の親戚からの知らせ。

数字・・・・・・あなたの将来にとって重要な数、または日にち。

指輪・・・・・・結婚。壊れた指輪の場合は離婚。

・・・・・・・・新しいアイディア。

蜘蛛・・・・・・経済的な成功。




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1960年代 フランス製の瓶


フランス製 瓶


これは1960年代、フランス製の瓶です。


いつも、お世話になっています茨城のアンティークショップに、
幸運にも未使用のまま置いてあり、お店を入ってすぐに見つけ、
一目惚れして購入しました。


外見はかなりシンプルな瓶ですが、
ガラスの厚みが場所によって違うため、
光に反射すると、とても綺麗で、私のお気に入りです。


フランス製 瓶



これを他人が見たら、ただの瓶かもしれませんが、
私は、この瓶に“”を感じています。


このタイプの瓶になぜ惹かれるかと言いますと、
今の瓶よりも重量感があり、同じ種類の瓶でも各々、
微妙に色が違ったりと面白いんです。
また、ちっちゃな気泡が入っていたりといろいろな顔があります。


それを毎朝見るだけで、
ここに人が作ったものがあるぞ!”ってはっきり思えて私は幸せなのです。


人がそれぞれ感じることのできる“”とはやはりいいものです。




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ご先祖様に感謝


私のご先祖様のお墓は、市街地よりずっと山奥にあり、
実家から離れて暮らしているため普段はなかなか行けません。


大人になってから、不思議と離れていれば離れている程、
ご先祖様のお墓が気になり始め実家を訪れる時は、
なるべくお墓参りに行っております。
それでも年に数回なのです。。。


仕事で忙しい方、身体が不自由でなかなかお墓参りに行けない方。
お墓参りに最近行けなくて少しでも気になるのなら良い方法がございます。


先祖 感謝



夜眠る前にゆっくりと呼吸し静かにご先祖様のお墓をイメージしてください。

ご先祖様の眠るお墓の近くにやってきました−
近くにお花が咲いていたら『ありがとう』 と一言、摘んで頂いてください−


先祖 感謝



ご先祖様のお墓が見えます−
ご先祖様のお墓には空から優しい光が降りそそいでいます−
お墓の前に来ましたら、先ほどのお花を添えてあげます−


降りそそぐ優しい光を見つめながら手を合わせて
『いつもありがとう』とか『最近こんな事がありました』など、
なんでも伝えたいことを心の中で喋って会話してください−
会話の途中もしかしたらご先祖様のほうから
あなたに何かメッセージが届くかもしれません−


先祖 感謝



徐々に光が強く大きくなり、ご先祖様とあなたをも包み込みます−

うん!お墓参りできたな!! と感じたらゆっくり目をあけて下さい。


これでご先祖様もお喜びになります。
とても簡単ですけど
気持ちがそこにあれば大丈夫です。


お墓に足を運ぶことは良いこと。
でも最も大切なのは今私たちがここにいることをしっかりと感じ、
それをご先祖様にしっかりと感謝することです。


もしもクリスタルをお持ちであれば是非お使いください。
次回にこのお墓参りをする時に、初めよりもより簡単にイメージさせてくれるのを
サポートしてくれることでしょう。




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播肥 言葉 1


他人(ひと)から受ける批判の中には

自分では悟れぬ真実の姿がある




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ピラミッド型 UFO


ピラミッド型UFO



今日は私が見たピラミッド型UFOのお話をします。


私が高校生の頃、
その日は、友人と2人でその友人宅の前にいました。
雲ひとつなく、風も穏やかでとても良い天気。
ずっとおしゃべりしてて、友人の携帯電話が鳴り、友人がメールを読み始めました。


友人がメールを読み終えたら話の続きを・・なんて考えていたら、
ふと空が気になりました。
そしたら飛んでいました、UFOが。
しかも円盤ではなくピラミッド型のものが…。
私はいきなりだったので一瞬何も言えませんでした。
でも、すぐに携帯電話に夢中になってる友人に
『ちょっと、見て!見て!!』 と話しかけ一緒に空を見上げたら何故か消えてました。


友人は、以前からずっと自分がUFOを見てることを
知っていたのですがあまり信じてもらっていかったため、
何も飛んでいない空を見て呆れてしまっているのだろうなと思っていたら、また現れました。
友人宅を背にしてたのですがその友人宅の方向からゆっくりと出てきました。
不思議なことに最初に自分が見た時と再び現れた時の進行方向が全く同じでした。
自分が友人に話しかけている間(たった2・3秒ですが)に瞬時に移動してたというわけです。
ただ移動した場所というのは友人宅の屋根に隠れてて自分たちには見えなかったのです。


もちろん友人はUFOを見て驚いてました。
UFOの存在はあまり信じていなかったのに、
『あれは飛行機じゃない、あれが…U…FO』、なんてぽつりと言いました。
エンジン音も翼もない。ピラミッド型の物件が飛行していたのですから。


高度は飛行機が飛ぶ高さではありません、
地上からおよそ300メートルくらいの距離で、大きさは2・30メートルくらいでした。
色はメタリックで、太陽光を数秒間反射したのですが、
その時は、じっと見てられないくらい眩しかったのを覚えています。
結局、その飛行物体は進路を変更することも、
どこか他の場所へ瞬時に移動することもなく
ゆっくりと山の後ろに隠れてしまったのが最後です。


今までの経験上、1つのUFOが飛んでいる時、少し離れた所に、
それよりも一回り小さいのが飛んでいるのを見た事があったので、
周りを見回したのですが、その時はそれらしき物体は飛んでいませんでした。


そして最後に姿を消した山。
そこはどこにでもありそうな普通のなだらかな山なのですが、
私が今まで見たUFOの多くはその山付近に現れていたのです。
友人たちとよく冗談で、その山に何かあるのではないか?なんて話していましたが、
幼い頃、その山を一度だけ登って遊びましたがいたって普通の山でした。


以後、友人は、私程ではないですがUFOを見かけるようになったのです。




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奇跡の癒やし つづき


ルルドの泉


ルルドのライヴ映像(6分おき・15分おきの最新映像)が見れます。



1867年2月16日、
ウリュージュ近郊の村、ヤーベッケに住むペーテル・デ・ルッデルという農夫が、木から落ちて、
左足を折った。脛骨など、すなわち向うずねとふくらはぎの骨が折れたのだった。
折れた骨片はいくつにもなり、脚を動かすと、

−最初に治療に当たった医師たちのいうところによれば−

袋に入れたはしばみの実さながらに、互いにぶつかり合う音が聞こえるほどだったという。
折れた骨片を組織から取り除くと、傷あとには、損傷を受けずにすんだ2本の骨が、
3センチメートル間隔で残っているのがみとめられた。


この時代には、防腐法は知られていなかった。
包帯できつく縛っておいてもだめだった。
膿の中に浮いている2本の骨は、ついにつながれることがなかった。
足の下半分は、上半分との接続がなくなって、
ボロ切れのようにぶらぶらと、振れ動いているのだった。


不幸な男を診るため次にやってきた外科医たちはいずれも、
不治の症状だと宣告を下し、最終的に、
ブリュッセルのティリアール教授に診断を仰ぐと、
脚の切断をしてはどうかという意見だった。


デ・ルッデルは、嫌だと言った。
これで8年以上も、おそろしい痛みに苦しんできたのだった。
日に何度も、血膿が流れ出てやまぬ傷の包帯を取り代えねばならず、
なんとか松葉杖にすがりついて、身を引きずっているというふうだった。


そんな彼が、オオシュタッカーの噂はかねてから聞いていた。
聖母の癒やしをお願いしに行こうと思いついた。


1875年4月7日、
3人の男が彼を、ヘント行きの列車に乗りこませた。
ヘントへ到着すると、オオシュタッカー行き普通列車に乗り換えさせた。
病んだ脚は幾重にも包帯を巻かれていたが、
リネンを通して膿と血が染み出て、列車の座席を汚した。


聖母像の前へ着くと、少し休憩をとり、お水を一口いただき、
他の巡礼者と同様に、洞窟を3度まわることにした。
妻に助けられて、2度までは回ったのだが、力尽き、
疲れ果ててベンチにへたりこんだ。


ルルドのノートル=ダムに、お救いくださいと訴えていると、
とつぜん、意識を失って、自分がどこにいるのかわからなくなった。
ふと気が付くと、聖母の真前にひざまずいている自分を見出した。

立ち上がった。

びっこも引いていなかった。

2本の脚は、同じ長さになっていた。


この不思議は、フランドルに非常な反響をまきおこした。
22人もの医師が、かかりきりになった。公正を期して、カトリック、
不信仰者の双方の側から、細心丹念な調査が企画され、実行された。
彼の治療に当っていた全臨床医、彼の出発の日の傷の状態を見たことのある
ヤーベッケ村の全住民、奇跡の現場にいたすべての人たちが、尋問を受けた。
デ・ルッデルは、厳密をきわめた検査に付された。前例のないこの事実、
一瞬のうちに傷がひとりでに癒やされた事実、
祈りに続いて3センチメートルの骨片が瞬間的に生じて、
欠けていた骨の代りとなった事実の真正性を認めねばならなかった。


確かに、骨の継ぎ目に当る部分には、
これが幻にたぶらかされたものではなく、
間違いなく帯びたしみが残っていた。


このあと、20年が経過したが、癒やされた方脚はついに折れ曲がることもなく、
他の健全な方の脚にくらべて丈夫さの点で劣るところもなかった。


そして、デ・ルッデルは1898年3月22日、75歳で肺炎にかかって死んだ。
次の年の5月24日、彼の脚に防腐処理をほどこすことになった。




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奇跡の癒やし


ルルドの泉


ルルドのライヴ映像(6分おき・15分おきの最新映像)が見れます。


フランスでは、ルルドの泉奇跡のメダル教会が有名であるが、
ベルギーのヘントから5キロメートル、
シュローテンドリーシュ公園の中央部に位置する
オオシュタッカー聖堂は風変わりである。


1870年、
シュローテンドリーシュ城館の所有者だった
クールトブルヌ侯爵夫人なる人が、人口の洞窟を作ることに決めた。
庭園内にその場所を決め、工事が始まった。オオシュタッカーの主任司祭、
モレルス師が、ルルドの洞窟の絵を公爵夫人に見せたということがあり、
夫人は、作り岩のセメントの塊の中にひとつの凹所を作っておき、
そこにルルドのそれを模した≪無原罪のお宿り≫の像を安置することを思いついた。


1871年、
すべての工事が完了した。


3年後、
村の何人かの農夫が聖母のもとへ祈りに来るという出来事があり、
その結果、理由はわからないのだが、何千人という人々がここを訪れ、
いくつもの奇跡が続々と起こった。


記録されている最初の奇跡は、1874年2月12日、
ロークリスティという町に住む、10歳の少女、マチルデ・ウェルキンペに起こった。


彼女は足が悪くて、松葉杖なしで歩けなかった。
ヘントの病院の全部の医師が、彼女は治るはずがないと宣告を下していた。


母親は、洞窟へ娘の治癒を祈りに行き、
そこで配られているルルドのお水を持ち帰って、
9日間の祈りが果てるとき、少女は、瞬間的に癒され、
聖母のもとへ、歩いて感謝をささげにいくことができた。


奇跡は、相次いだ。通常、洞窟の周囲を3度まわる。
水槽から落ちる泉の水を、自分の体に擦りこむ。
水の中には、毎朝、ルルドの源泉が数滴注ぎ入れられる。
ありとあらゆる種類の疾病(たとえば、股関節痛や失明など)が、
この水に触れるとただちに消失した。


1875年5月、
巡礼者たちの要望にこたえて、ゴチック様式の、
袖廊なし、2つの鐘楼付きの教会が建てられた。
巡礼団への奉仕は、ベルギー地区のイエズス会の神父たちにゆだねられ、
オオシュタッカーは、フランドルの有名地となった。


ルルドと同様に、何千本もの蝋燭が燃え、
洞窟の上の木立ちの間に感謝奉納板のいくつもの山ができた。


次回は、もっと詳しく、この地で、前代未聞の、
いまだかつて観察されたことのない癒しが果たされたお話をします。




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双子の不思議なお話


双子  不思議



私の親友は双子なんですけど、双子って好みや性格などが似ていたり、
仕草も同じだったりしてとても不思議なんですよねー。


私の友人の双子はそれぞれ性格は正反対で顔も全く違うんですけど、
一つだけ幼少時代に起こった、不思議な出来事を教えてくれました。


その日は、小学校から1人で帰宅していて、ふと、おばあちゃんが気になり、
そして次の瞬間におばあちゃんが亡くなったとわかったんだそう。


急いで家に帰ると双子の妹は少し早く帰宅していて、
すぐさま妹にその事を伝えたら、彼女も同じよう小学校からの帰り道に
おばあちゃんが気になった瞬間、亡くなったこと悟ったのだというんです。


もともと、その双子はモノ凄いパワーをもっているんです。鬼も近寄れない程、
並ならぬものに守られていて、実際、それは友人の数に表されているんですよね。
あれほど、周りに真の友を多くもつ者はあまりいないし、私自身もその友人の
ためなら、なんでもしてあげよう!!って思うんです。2人の印象を自分のように
思っている人が数えきれないくらいいます。


以前、その友人は私との待ち合わせに6時間も遅刻したんです・・・
しかも、ちゃんとした報告・理由も無くてねーーー (^_^;)
自分にとって通常の相手であったら信頼をなくすんですけど、
不思議と怒る感情もなく1分遅れたくらいの感じだったんですよね。


共通の友人も自分と同じような経験があり、さすがに6時間は
待たなかったらしいけど、あの人なら不思議と許せてしまうのだそう。


元の話に戻りますね、、、
帰宅後に、親戚からおばあちゃんが病院で亡くなったという連絡が入り、
病院へ向かって歩いてる時に、友人は道端に落ちている石ころを拾い、
これをおばあちゃんに持っていってあげれば生き返ると感じ、
おばあちゃんの枕元に置いてあげたのだという。



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フランス・ブルターニュの巨大石群


フランスの巨大石群


ロンドンから西に約200kmのソールズベリー
(イングランド・ウィルトシャー州の州都)近郊にある
ストーンヘンジ(stonehenge)は日本でも有名だが、
フランスにも巨大石群が存在するのをご存知でしょうか?
フランス北西部のブルターニュ地方に、多く点在しているんです。


その巨大石群の中でもメンヒルとドルメンというものに大きく分かれます。
メンヒル(menhir)、単一で直立した巨石記念物のことをいい、
ドルメン(dolmen)とは支石墓のことです。


もっとも有名なのはブルターニュのカルナック列石で、
3000以上のメンヒルが3つのグループに並べられており、
数キロメートルにわたって整列していて、
カルナックの列石遺跡周辺には、
他にも数多くのドルメンやメンヒルが集中しています。


メンヒルがどのような文化的意味のもとに立てられたのかは、実際的には解明されてなく、
メンヒルを立てた人々の言語も分かっていないというんです。
また、ドルメンは、元来、土や小石などにより覆われていたのですが、
現在ではその多くが風雨により流され、巨石が露出してしまっているため、
鉄筋で崩壊を防いでいる所も少なくありません。

Alignements de Meacute フランスの巨大石群

Grand Menhir Briseacute メンヒル

Dolmens de Kerran ドルメン


Dolmen de la Roche aux Feacute フランス 巨大石群 Dolmen de la Roche aux Feacute フランス 巨大石群ドルメン
Dolmen de la Roche aux Feacute フランス 巨大石群


Menhir de Kerluir メンヒル

Dolmen de Kercadoret ドルメン

Dolmen de Kercadoret2 ドルメン



どんな人達が、どのような目的で立てたのか本当に不思議である。
ドルメンは石が集合することによって強力なパワーを持っているように感じます。
今にも動きそうな石を見ていると鳥肌が立ってきます。



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UFOが地球に現れること


今日はUFOについてお話をしようと思います。

私がまだ小学生の頃、よく夕食後に
UFO特集のテレビ番組を観ては怯え、その後は毎度のこと
『あぁぁ、こんなに怖い思いをするなら観なければよかった・・・・』
と後悔しながら朝まで目が覚めないよう布団をかぶって寝ていました。


高校生になり、
そんな幼少時代にテレビで観たUFOなど忘れかけていました。
ところが、その時からUFOを頻繁に見かけるようになったのです。


ピラミッド型のUFO

球型のUFO



ピラミッド型の飛行体、
間近で目撃した球型のUFOなどなどです。
もちろん私は初めて目撃した時から、
毎回、

ん? 飛行機だろう??

と疑って見てましたが、
あの動きは確実に飛行機などではありませんでした。
飛行機なら赤色や青色に一定に点滅したり、飛行機が見える前後は、
必ずエンジン音が反響して聞こえるはずなのですが、
未確認飛行物体は全く違います。


無音……
  一定の場所に留まる………
     そうかと思えば少し離れた場所へ瞬時に移動している…………



見慣れてくると光の色や動きですぐに飛行機なのか
UFOなのか区別がつくようになります。
そして、自然に今日はUFOが見れると直感で感じるようなります。
何かふと空が気になりパッと見上げると飛んでいたりと。


最初は友人や家族にUFOを見たと報告しても、
皆、口を揃えそれは『飛行機だ!』とか『見間違えだ!』
などと嘲笑われ否定されました。


ピラミッド型UFO  球型UFO



でも、不思議なことに自分がUFOの話をしてしばらくしてから、
あんなに否定的だった友人、家族までもが目撃するようになったのです。
特に、父親が目撃したのを私に真剣に説明した時は驚きました。
なにせ父親はUFOなどはこの世で最も信じない部類であったからです。
自分が初めて目撃した夜に、話しをしても全く聞いていませんでした。
ちなみにUFOを真っ向から否定的だった父親が
見た形とはおでん(串)の形だったそうです。


昼間に家の屋上にいたら突如、
大きな変な物体が山の向こうから現れ、
無音でしかも不気味に父親と弟の上空を通過したそうです。
不気味すぎて動けなかったと言ってました。
最初、聞いた時はおでん!? と思い大笑いしてしまいましたが、
自分もいろんな形があるのを知っているので真剣に父親と弟の話を聞き続けました。


ついこの間テレビをつけたら宇宙飛行士がこんな事をおっしゃっていました。
何故UFOは私たちの前に堂々と現れないのですか? −という質問に

UFOに乗っている宇宙人たちは地球にきても、
あぁ、まだ戦争してるのか、戦争も何もなく
平和になり対等に話せるようになったら堂々と現れよう、そう彼らは思っています、
地球の中で戦争が未だに終わらないから堂々と現れてくれないのです


私はこれに同感しました。

瞬時に移動できるあのような先端技術をもち
地球を占領しようと企んでいるなら
とっくに攻撃しているはずです。
でも、彼らは優しく平和な思いがあるからこそ
地球に対して何もしてこないのだろう。


UFO・地球外生物に関する映画のほとんどが、
地球が巨大なUFOやUFOの大群にに攻められ、
最後は地球人が結束し地球外生物体と戦って勝利し、
地球に平和をもたらすというシナリオである。


何か地球全体に危機が迫らないと人間は地球内で起こる戦争をやめることができない。
そして、人間は地球外生物体を恐れる以上に自分と違う人種、国、地域を恐れている。


軍事パレードに現れるUFOの大群は、
そろそろ、醜いばかげた戦争をやめなさい』というメッセージにも私は感じられる。


あるクリスタルのマスターと話す機会があり
UFOの存在について聞きました。−なぜ現れるのかって
そしたらマスターは、
僕らはあなたたち地球人の友達だよ、それを示すのに現れるんだ
と話してくれました。


私たち地球人はなにも恐れる必要はないのだと感じます。
早くUFOに乗るものたちと平和な交流ができるように
今からひとりひとりから準備しなければいけません。


最後にUFOを目撃する度に思うのは
『今、UFOを見ている人間』を彼らは知っているということです。
そう感じた理由を目撃談(UFOの形や状況)とともに
これからこのブログでお話していこうと思っています。




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五行相性相剋法

五行 相性 相剋


          
木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ずる。

木は土に剋ち、土は水に剋ち、水は火に剋ち、火は金に剋ち、金は木に剋つ。





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巴里の地下社会. . .

 
 パリ中心部の下を迷路のように走っているといわれるトンネルで、
 何者かがつくった秘密の映画館が発見され、パリ市警察は、
 文字通りの“地下社会”が数年前からできているのではないかとみて調べている。


 トンネルはローマ帝国時代、街を建設するため石を切り出してできたとされる。
 1700年代からは一部を遺骨埋葬所として利用している。


パリの地下組織 パリの地下社会



 映画館は8月末、16区のトロカデロ広場に面した、
 映画博物館や劇場のある建物の下と推定される場所で見つかった。
 約400平方メートルの広さで、スクリーン、座席、映写室のほか、
 バーを備えた食堂もあった。

 
 パリ市警察は電気の不正使用の疑いで、電力会社の職員とともに捜索したが、
 電線は切られ『われわれを捜すな』という張り紙がしてあった。
 映画館は、5年ほど前から使用されていた可能性が強いという。


 “パリの地下社会”をつくっているのは画家や写真家たちとみられる。
 イギリスBBC放送は、そのうちの一人の声を紹介。
 男性芸術家は「地下で活動しているのは500人から1000人。
 たくさんのグループがあって、芝居や展覧会、ダンス大会もある」と証言している。


 トンネルの入り口は、公式には、一般公開されている14区の地下埋葬所しかない。
 現地メディアによると、そこから映画館が見つかった地点まで、
 トンネルを通ると300キロもあるという。


 “パリの地下社会”の住人たちはマンホールなどから出入りしているとみられるが、
 警察は、崩壊したり迷ったりする危険があるため、決して立ち入らないよう、
 市民や観光客に呼びかけている。

                           - Figaroより -


パリの地下組織 パリの地下社会



 数年前に話題となったニュースだが、
 これは単なるお遊びではない。

 この地下社会に加わっているのはもちろんフランス人だけではなく、
 外国人、秘密結社、あるセクトの人たちが活動しているのは言うまでもない。

 また、マンホールから入る者はお遊びの若者以外はほとんどいなく、
 安全に入れる場所はずっと、ずっと前から用意されているだろう。

 家からトンネルに通じる。


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タグ : 秘密結社 



葡萄の贈り物 3


愛のエネルギー


ところが、聖具番の修道士は、
葡萄を一番若い修練士にあたえた。
神の御業が被造物のどんな小さな細部までも
行き渡っていることを理解できるようにと考えてのことだった。


それを受け取ると、修練士の心は主の栄光で満たされた。
これほど美しい葡萄は見たことがなかったからだ。
と同時に彼は、初めて修道院にやってきたときのことを、
そして最初にその扉を開いてくれた人物のことを思い出した。
奇跡を味わうことのできる人たちのこの共同体に今日、
自分がいられるのも、あのとき扉を開いてくれたからだったのだ。


そこで、日暮れ前に、彼は葡萄の房を扉番の修道士のところに持っていった。
『どうぞ食べて、味わってください。あなたは長い時間をここでひとり
過ごしているのですから、この葡萄で元気をつけてください。』


扉番の修道士はその贈り物が本当に彼に差し向けられたものだったことを理解し、
房の葡萄をひとつひとつ味わい、幸せに眠りについた。


こうして、輪は結ばれた。

この幸福と歓喜の輪は<愛のエネルギー>
                接触している人のまわりにいつまでも広がっている。


                                         おわり


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