パリ・奇跡のメダル教会 - メダルをありがとう・・・

Chapelle Notre-Dame de la Médaille Miraculeuse
140 rue du Bac 75007 Paris
tel : 01 49 54 78 88
メトロ : 10番線又は12番線 Sèvres-Babylone
1830年7月18日から19日にかけての夜、
聖母は当時、聖ヴィンセンシオ・ア・パウロの愛徳姉妹会の
修練女、カタリナ・ラブレの前にお現れました。
夜半の11時半、カタリナは、3度続けて自分の名を呼ぶ声に目を覚ましました。
声のする方を見ると、一人の幼い子どもが立っていました。
白い衣をまとい、金髪で全身から光を発し、周囲を照らしていました。
子どもは、「いらっしゃい、聖堂にいらっしゃい。聖母マリアが待っていらっしゃいます。」と言いました。
カタリナは他の姉妹達が目を覚まさないかと内心考えましたが、
子どもはそれに答えるように、
「恐れることはありません。今は皆眠っています。さあ、一緒にまいりましょう。」と言い、
カタリナは急いで用意し、子どもの後について行きました。
驚いたことにいたるところに灯が輝いていました。
さらに驚いたことには、聖堂の扉は子どもが軽く指で触れるだけで開きました。
聖堂内も明るく、カタリナの言葉を借りて言えば、
夜半のミサを思わせる程だったといいます。
カタリナは祭壇近くまで進み、ひざまづいて祈りました。
しばらくすると子どもは告げました。
「聖母マリアがおいでになりました。あそこに」と。
その時、祭壇の右手の方に衣づれのような軽い音がはっきり聞こえ、
非常に美しい婦人が祭壇の前においでになり、椅子に腰かけられました。
カタリナはその方の足元に進み、膝の上に両手を合わせてのせました。
「一生涯でこれほど甘美な気持ちを味わったことはありません。
どのくらいそばにいたかはわかりませんが、ただ知っていることは、
ずいぶん長い間お話をなさってから影のように見えなくなったことです。
子どもはもとのところに居て『聖母はもうお帰りになりました』と言い、
また案内されて寝室に戻りました。
この子どもは自分の守護天使であったに違いありません。
ベッドに戻ると時計が午前2時を打つのを聞きました。
それから私は少しも眠ることができませんでした」
とカタリナは言っています。
その夜、聖母はいくつかの事についてお告げになりましたが、
特に、聖ひつの方を指さして「この祭壇のもとにいらっしゃい。
ここで多くの恵みが与えられます」とおっしゃいました。
11月27日の夕方の黙想の間に、
カタリナは再び聖母のご出現を受けました。
同じ聖堂で地球の上に立った姿の聖母は、
それより小さい地球を胸の高さに両手で持って祈りつつ、
それを主にお捧げになっているように見えました。
やがて、聖母が両手を広げて降ろされると、
その御手から輝く光線が放たれ、聖母はカタリナに、
「これは私に願う人々にそそがれる恵みのしるしです」とおっしゃいました。
これは有力な恵みの取り次ぎ者であるマリアのお姿です。
そして聖母の周囲に楕円形のしるしが示され、
「無限罪の聖マリア、あなたにより頼むわたし達のために祈ってください」
という祈りがまわりに見えました。
それは、メダルの表に見られるお姿でした。
聖母は、
「このモデルにしたがって、一つのメダルを作らせなさい。
信頼をもってそれを身につける人は大きな恵みを受けるでしょう。」
とおっしゃいました。
急にメダルが裏返ったかのように見えると、
下部に横木のついた十字架をのせたMという字が見えました。
また、Mの下に二つの心臓が見え、ひとつは茨に囲まれたイエスの御心、
もうひとつは剣で貫かれたマリアの御心が見えました。
ご出現が2年目にパリ大司教の認可のもとにつくられたメダルは、
世界中に驚くべき勢いで伝わり、数知れぬ恵み、
特に回心の恵みのもととなり、人々は「ふしぎのメダル」よ呼ぶようになりました。
※上記説明は全てサンヴァンサン・ド・ポール愛徳修道女会礼拝堂教会が提供しているものです。

ボン・マルシェの
裏にある門をくぐると・・・

手前右側の部屋でメダルを
購入でき、奥の薄暗い所が
聖堂入り口です

祭壇です
確か、パリに住んで初めて奇跡のメダル教会へ行ったのは、
書店でよく売られている“フランス観光案内”みたいのを
現地の書店で読んだのがきっかけでした。
それまでフランスには何回か観光で訪れていましたが全く知りませんでした。
そのような建物といえばノートルダム寺院くらいで・・・.。
本を読み終えて、パリで知り合いになったインド人のシスターが、
確か“奇跡のメダル教会”にいると言ってたのを思い出し、翌日行くことに決めました。
とにかく小さな教会なのに市民がいっぱいお祈りをしに来ているのに驚き、
とっても心が落ち着く所だなと私は感じました。
その日は知り合いのシスターはいませんでしたが、
その日以降に訪れる時は毎回いたのでお互い挨拶をしていました。
奇跡のメダル教会に何度も訪れてていたにも関わらず、
肝心なメダルは買わなかったのですが、
ある日、日本にいる大切な人が大怪我により手術することになったため
私は二週間程、一時帰国することとなり、帰国前に奇跡のメダルを
教会で買ってあげようと思い教会へ向かいました。
私はマリア様に手術が無事におえますようにとお祈りするため
その大切な人の写真を持ち門をくぐったら、知り合いではないシスターと目が合い
私の所にニコッと笑いすぐに近寄ってきてくれました。
私は一言も喋っていなかったのですが、私の顔を見てきっとシスターが何かを感じたのでしょう。
私は“こんにちは”という挨拶の後に、
「今日は私の故郷にいるとても大切な人が手術をするためやって来ました」と
写真を見せながら言いました。
そしたらシスターは写真を見せて下さい、と手に写真を取りお祈りを捧げてくれました。
そして、シスターはちょっと待っててと私に言い残し、建物に入っていき、すぐに戻ってきて、
私に金色のメダルを差し出してくれました。
私は、「いえいえ、これは買わないといけません」と言ったら私の手の中にギュッとしまいこみ、
「いいの、これは私からです」とおっしゃってくれ、私はありがたく頂きました。
本当に嬉しかった。
そして、写真とシスターから頂いたメダルを手に持ち教会内の椅子に座って、
静かにお祈りとともにシスターとマリア様に感謝し、教会を後にしました。
一時帰国後、大切な人にメダルをあげたら、これ欲しかったの!と言われとてもビックリし、
シスターがくれたんだよって教えてあげました。
奇跡のメダル教会へ私が行き、シスターからメダルを頂き、
前から欲しかったという大切な人に私が手渡した。
フランス〜日本とっても遠い場所ですけど一つの物語が始まっていたんですね。
シスター・私・大切な人、そしてマリア様が一つのちっちゃなメダルつながりました。
メダルが愛の輪を今もこれからもずっとつないでくれています。
すべてに感謝。ありがとう。

よろしければ、応援クリックお願いしますね。
タグ : 奇跡のメダル教会





